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義治Blog

 ユーキャン改め、スキットの社長、
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2016/09/18

(GB)未来工業と二宮尊徳

Tweet ThisSend to Facebook | by 山田 義治

7月13日に楯石さんの紹介で未来工業視察に行くことが出来ました。
未来工業での素晴らしい経営手法に接して、どうすればあんな風になれ
るのか考え続けています。
未来工業を紹介したビデオには「経営理念は特にありません。『常に考
える』がモットー」だそうです。
自社の経営を振り返ってみると、経営理念や行動指針は掲げていました
が、それを実現するための具体的な方法論に欠けるという課題があるこ
とに悩んできました。松下幸之助いわく「経営のコツ」です。
未来工業に行って、そのヒントとして『常に考える』ためのQC活動が
自社にも有効だと思いました。

その後、7月27日に中桐万里子さんの「二宮尊徳に学ぶ生き方」の話
を聞くことができました。
二宮尊徳の荒廃した村を立て直す方法論としての「尊徳仕法」について
も、中桐さんの講演を通じて思い巡らしています。
そしたら、こんな記事をネットサーフィンで見つけました。やはり中桐
さんという方は、尊徳の7世孫だと得心しましたので、ご紹介させてい
ただきます。(前置きが長くスミマセン。<(_ _)>)


月刊「到知」2013年9月号に「心田の開発こそ繁栄の道」という趣
旨の文章が投稿されています。以下引用です。

 人間は皆、空っぽのたらいのような状態で生まれてくる、つまり最初
は財産も能力も何も持たずに生まれてくる。そしてそのたらいに自然や
たくさんの人たちが水を満たしてくれる。その水のありがたさに気づい
た人だけが他人にもあげたくなり、誰かに幸せになってほしいと感じて
水を相手のほうに押しやろうとするんです。
 そして幸せというのは、自分はもう要りませんと他人に譲ってもまた
戻ってくるし、絶対に自分から離れないものだけれど、その水を自分の
ものだと考えたり、水を満たしてもらうことを当たり前と錯覚して、足
りない足りない、もっともっととかき集めようとすると、幸せが逃げて
いくんだ、というたとえ話だと教わった。
 この自分は、空っぽの「たらい」として生まれてきたのであって、今
入っている水は、両親やすべての先人、先輩たちに頂いたものだという
「有り難さ」に気がつくことが出発点だ。
 たらいの水を自分の方に引き寄せようとすると、水は向こうに逃げて
しまう。相手にあげようと押すと、こちらに帰ってくる。幸福を独り占
めしようとすると逃げてしまうが、相手のために尽くしていると幸福は
勝手にやってくる、という教えである。
 我々の日常生活でも、自分の事ばかり考えているエゴイストは周囲か
ら嫌われる。仕事でも、周囲が助けてくれないから、うまくいかない事
が多い。逆に人のことを第一に考えて助けている人は、周囲からも感謝
されて助けられて楽しくやれるし、仕事自体もうまくいく場合も多い。
 江戸時代に荒廃した6百余村を立て直した金次郎の一生はまさに、た
らいの水を押し続けた一生であった。亡くなった時にはまったく私有財
産を持っていなかったというが、6百余村の農民から感謝され、さらに
その教えをもとに農村復興を広めようと報徳社という組織がピーク時に
は千社も作られたのであるから、実に有意義な幸福な一生であった。
 会社が倒産に追い込まれそうなほど赤字が続いたとき、未来の安定経
営のためにどれだけ経費が削れ、無駄が省け、リストラができるか、を
考える方法があります。一見、正当なようですが、これは実際にはかな
り現場を抑圧し、敵対感情を生み、社員の士気を下げ、衰退への道をす
すむ可能性と隣り合わせです。
 他方、会社のはじまり(過去)に戻って考える方法もあるのです。き
っと多くの人が「お客さんに喜んでほしい!」という熱い思いとともに
設立に携わったことでしょう。その想いのおかげでこの会社が生まれ、
そして少なくとも社員はみなその恩恵を受けてきた。
 ならば、その思いに立ち返り、そのうえで現状をみて、自らの行動の
仕方を考えよう。各自がもっとアイデアを出し、知恵を絞り、できる工
夫をしようじゃないか、と呼びかける。会社設立当初の志を想い、その
後も多くの人々が思いを注いできたことを考えれば、先人たちに感謝し、
その恩に報いようという気持ちが出てくる。そんな姿勢のほうが、経費
節減に汲々とするより、はるかに良い結果をもたらすであろうことは理
の当然と思える。
 わが国には数百年も繁盛してきた老舗企業が数多くあるが、それらは
顧客や社会のために「たらいの水」を押し続けてきた企業である。その
先祖代々の志を受け継いできた企業が、それによって幾たびかの危機を
乗り越えて、長寿を保ってきたのである。
 企業と同様、国家の盛衰についても同じ事が言えるのではないか。日
本経済は、昭和60年代のバブル以降、その崩壊、デフレと迷走を続け
てきた。 
 昭和60年といえば戦後40年。戦前の教育を受けた終戦時20歳ま
で青年たちが高度成長を果たした後で定年で退き、戦後教育を受けた年
代が社会の中心を占め始めた頃である。この頃から、戦前の日本は暗黒
だったという自虐史観が広まり、公の精神を失い、個人の権利のみを訴
える思潮が本格的に浸透していった。アメリカの新自由主義経済思想を
何の違和感も感ぜずに、盲信してしまった日本人集団がいた。卑しい資
本主義を、卑しいとも感じることのできない劣化した日本人集団が多数
を占めるようになってしまった。
 言わば、先人を悪し様に罵り、我欲に流され、日本全体がおかしくな
り始めたのである。
 尊徳は「あらゆる荒廃は心の荒蕪から起こる」と言って、心の荒蕪さ
え耕したらあらゆるものが豊かになると説いてます。彼が6百余村もの
再建を成し遂げたのは、結局、そこにいる人たちの心の荒蕪、心田を耕
したと言えると思うのです。
 最近はアベノミクスにより、ようやく再興への道が見え始めたが、国
民が今まで通り、「たらいの水」を自分のものとして引き寄せようとし
ていたのでは、結局、通貨安による一時の棚ぼた利益を一部の国民が懐
にした、ということだけで終わってしまうだろう。
 日本経済の荒廃は日本国民の心の荒蕪から起きているのであるから、
まずは荒れ果てた国民の心田をもう一度、開拓する所から始めなければ
ならない。
 教育から始めなければならない。代々の先人たちが、どのような苦労
をしながら、会社を作り、また国を創り、支えてきたのかを顧みること
から始めなければならない。
 そこから、自分のたらいにいただいている水に感謝し、それを再興に
役立てよう、という気概が広く国民の間に沸き上がってくるだろう。
(引用終わり)


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